インタビュー

INTERVIEW

“文化と技術でクリエイティブを育てる”という覚悟

株式会社カイクラフト代表

私たちには、クリエイティブを育てる力がある

北海道の小さな町で生まれ、子どものころから「社長になる」という強い使命感を持ち続けてきたたひら。彼の原体験や、経営者としての信念、そして「文化と技術でクリエイティブを育てる」という独自のビジョンには、企業としての芯の強さと未来への意志がにじんでいる。

「私たちは、文化と技術、両方の側面がある」

たひらが何度も口にしたこの言葉は、カイクラフトという組織のあり方そのものを象徴している。不器用でも、誠実に、正直に、汗をかいて向き合い続ける。そんな人たちの力で、本気のものづくりを続けてきた。それが、カイクラフトの土台だ。

株式会社カイクラフト

「カルチャー&クラフトカンパニー」を標榜。表面的なビジネスの巧さではなく、30年かけて積み上げた“文化と技術をつくる”という覚悟と実績が、同社の核となっている


たひら みつお(代表取締役)

北海道生まれ。米国48州をオートバイで縦横断した旅(19,000マイル)を皮切りに、若くして複数のメディアプロジェクトを成功させる。日本最大級の子どもからティーンズに向けた国際映画祭「キネコ国際映画祭」を30年以上主宰し、10万人超(2017〜)を動員。技術者派遣、薪ストーブ、文化イベントなど多分野で文化をつくる事業を展開。大手企業や自治体との連携も多数。文化芸術を起点にしたまちづくりや地域活性の先進事例として、多方面から評価されてきた。これらの活動を通じて蓄積された企画力、運営力、そして“人を巻き込む力”は、カイクラフトが手がける他の事業領域にも横断的に活かされている。

使命感と自己演出のキャリア

“たひら”は、北海道の田舎町で生まれ育った。小さい頃から「自分は成功しなければならない」「家族や親戚を支える存在になる」と強く意識させられていたという。そのため、社長になることは自然な目標だった。

一方で、愛知県へ転居後(小学3年生)は学業成績は落ちこぼれだったという“たひら”。だが、その環境下でも「自分なりの成功ストーリー」を絶えず描き続けていた。映画監督を夢見ていたこともあり、その延長線上で多くの大人たちからチャンスを引き寄せ、掴み取ってきた。

「英語も話せない、お金もない、でも絶対成功してやるって思ってた。19歳、ユタ州のマクドナルドで注文すらできなかったけど、なぜか誰かがいつも助けてくれたんです。何故か、不思議と」

その一例が、21歳の頃に経験した「アメリカ48州オートバイ縦横断の旅企画」。出会った人々の縁から企画を生み、ニューヨーク讀賣新聞の支援を受けながら連載記事として成立させたという。営業・企画・交渉・実行・PR――すべてを若くしてやり切ったこの経験が、今の経営に大きな影響を与えている。

30年間の歩みで証明したもの

「カイクラフトはクリエイティブを育てる会社でありたい」

“たひら”が最も大切にしているメッセージだ。人材派遣、薪ストーブ、映画祭、セイリングヨット―――ひとつひとつの事業は異なるように見えるが、その根底には共通する想いがある。

「我々は不器用だけれど誠実に、汗をかいて向き合える人の力で勝負しています」

“たひら”を中心に、30年間にわたって映画祭を継続してきたという事実は、カイクラフトが「文化と技術でクリエイティブを育てることができる会社」であることの証そのものだ。この積み重ねが、自社のサービス力や人材(キャスティング)への誇りを支えている。「だからこそ、どんな事業領域にも踏み込んでいける」と“たひら”は語る。

「build」から「create」そして「cultivate」へ。
“つくる”を深化させていった

カイクラフトの30年は、“つくる”という言葉の意味が少しずつ深まっていった歴史でもある。

創業当初、社員の多くは建築現場で働く作業員・そして人材派遣営業として仲間になった。“たひら”自身も、最初は建築現場に飛込み営業をし、ドカタ仕事で汗をかいていた。「最初はもう、完全に”build”。建物や労働を提供する会社だったんです」と振り返る。

やがて、内装工事、薪ストーブやサウナなど、暮らしにまつわる事業にも挑戦していく。英語にするなら”create”かな。つくる対象がライフスタイルへと広がった。海外生活の経験を活かして「ロマンのある空間を提供できる。あったかくて、火があって、語り合える場所。そういう意味で、”体験”をつくりたいって思うようになってきました」

引用:株式会社トヨトミ

そしてもう一つ挑んでいたのが、最もハードルの高い“つくる”――映画祭だった。

1995年ベルリン国際映画祭のキンダー・フィルムフェスト・ベルリンに訪れた際に「これだ!」と思ったという。「私は絶対に国際映画祭をつくる!」その瞬間からスイッチが入り、2倍も3倍もの仕事をしながら事業と映画祭をつくり上げてきた。

「社員はみんな現場出身で、誰一人、イベントや映画に詳しいわけじゃなかった。でも、がむしゃらに汗をかいて、バカにされる事もあっても前々に進んでいたら映画祭の形ができてきた。自分たちで全て手づくりの映画祭、地域や行政、大手企業を巻き込んで、ここまできた。」

「そして思ったんです。私たちは、文化をつくってきたぞ?って。cultureの動詞は、”cultivate”だから、耕す、育てる、みたいな感覚が近い。」

キネコ国際映画祭は、最初は地域の小さなイベントだったものが、応援者の理解と協力、そして継続的な努力によって地域文化として根づき、今では多くの大手企業や行政からも注目を集める存在にまで成長した。

映画祭をつくるには、人・資金・継続性・応援者など、多くの障壁がある。それらを乗り越えるには、向き合い続ける情熱が必要なんです。

映画のように人をキャスティングし、チームをつくる

「社員一人ひとりをキャスティングする感覚で採用している」

経理には蝶ネクタイのダンディーなキャラクター、営業には勇敢なイメージ。映画制作に似た組織づくりだ。

厳しさと、成長を信じて任せる懐の深さ。そんな二段階の監督スタイルで、“たひら”はチームを育てている。

「私は、正直育成なんて考えてなかった。プロを集めるだけで良いと思ってた。でも最近は、自分の経験や哲学を社員に伝えたいなって思えてきたんです。ようやく、優しく説明できる経営者になれてきたのかもしれない」

今では「社長がいなくても会社がまわる」と言えるほどの信頼と組織力が育っており、社員の多くが15年以上在籍している。だからこそ、“たひら”自身がヨットの新規事業や映画祭関連の海外出張などで現場を離れることがあっても、安心して会社を任せられる。

温かく、かつ本気のチームカルチャーが、カイクラフトの大きな強みとなっている。

感動を一緒につくりあげる。

カイクラフトは、建築人材派遣、薪ストーブ、映画祭制作、LINJETTヨット輸入販売といった事業を通じて、「文化と技術」両軸からクリエイティブを育てる会社である。

それは単なるイベントやプロダクトではなく、人の想いと時間が積み重なってできる“地域の財産”だ。

「文化と技術って、つくろうとしてすぐできるもんじゃない。でも私たちは、30年かけて、仲間と一緒につくってきた。それって凄いことだと思うんです」

そしてもう一つ、大切にしているのが“感動をつくる”という姿勢。

「私たちは何事も、感動をつくるまでやります。依頼してもらえたら、納得がいくまで終わらせません。期待に応えられるまで、勝つまでご一緒します。」

そんな想いを持つチームだからこそ、途中で諦めることなくやりきる。その覚悟が、カイクラフトが届けたいクリエイティブの土台になっている。