インタビュー
INTERVIEW
カイクラフトの新たな挑戦でもある、株式会社TOKYO HITCH(以下、TOKYO HITCH)。その舵を取っているのが松田友馬(以下、松田)だ。
薪ストーブ事業を中心に、太陽光発電やプライベートサウナなどのオフグリッド関連事業に多角的に取り組む。現在、約1350件の個人宅や別荘地・ホテル等へストーブ設置実績を持ち、全国規模で展開中。
松田 友馬まつだ ゆうま
株式会社カイクラフトの薪ストーブ専門店「東京ストーブ」創業スタッフ。セールスから設計、設置、メンテナンスなどすべての業務に従事し、株式会社TOKYO HITCHとして分社化したのを機に、取締役社長に。日本最大の業界団体である一般社団法人日本暖炉ストーブ協会の理事として、認知拡大、技術向上、行政・関連団体との折衝など業界の裾野を広げる活動に携わる。
薪ストーブという、一見すると現代の利便性とは逆行するように見える事業だが、そこには今を生きる私たちが見失いつつある「人と自然のつながり」「人と人とのあたたかいつながり」があった。
「松田くん、君は明日から薪ストーブ屋だよ」
静岡県出身の松田は、元々バンドマンを夢見て、友人と2人で上京した。しかし、音楽で生活していくのはそう簡単ではない。色々と現実を知って行く中でバンドマンの夢は諦めた。
そこで出会ったのが、カイクラフトだ。最初の3年間は人材派遣の営業として働いていたが、ある日、社長の田平から「松田くん、君は明日から薪ストーブ屋だよ」という言葉をかけられる。
「28歳の時でしたね。もう、最初は薪ストーブってなんだ?って感じでしたよ。FIRESIDEというメーカーの薪ストーブの総合カタログ1冊渡されて、これ読んどいて、と言われて(笑)そうですか…と思いました。だけど、商品として面白いなとは思いましたね。」
薪ストーブが東京で売れるのか?という疑問も持ちながら、はじめはあくまで「仕事」として取り組んでいたという松田。しかし、ほどなくして薪ストーブへの向き合い方が変化していった。
「薪ストーブの奥深さに徐々に気づき始めました。もともと大学が工学系だったのもあり、何かを調べたり知ったりするのが好きでしたし。なので、薪ストーブの製品設計など細かい部分を考えるのにも、興味をもったのかもしれないです。」
最初はひょんな言葉をかけられたことから始まったが、提案から設計・設置・納品まで一連の作業に携わるうちに薪ストーブが持つオフグリッドという可能性と魅力にどっぷりとハマり、今に至っている。
大学時代に身に付けた知識とスキル、そして多くの経験を積み重ねる中で磨かれた丁寧で愚直な仕事こそ、松田の最大の武器だ。
炎のゆらめきが呼び起こす、
人間の中にある「何か」
松田の言葉には、どこか人間味が溢れているような気持ちにさせられる。インタビュー中、暖炉の炎を見ながらふと漏らしたのが「自分たちはこの事業を通して、ワクワクを届けているのかもしれない」という一言だった。
松田は、TOKYO HITCHの事業を「オフグリッドという自然とのつながりを感じられるライフスタイル」の提案であるという。それは、単に電気やガスなどの現代インフラに頼らない生活という意味だけではない。自然と共生し、自らの手で生活を創造する喜びを追求する生き方だと語る。
「自然の中で暮らしているという感覚が都市部での日常生活の中だと感じられにくい。でも、オフグリッドの生活を少しでも取り入れられたら、自然が自分ごととして捉えられるんですよね。今日は天気がいいから太陽光がいっぱい発電してくれるな、梅雨が長いと薪が乾燥しにくいな、薪ストーブが恋しいけど今年は寒くなるのが遅いな、とか。」
オフグリッドの生活は、自分の心の奥底にある何かが刺激されて、向き合っているような感覚になるのかもしれない。
「こだわり」も「制約」も多い現場に求められる、ハイレベルな提案力。
松田がこれまで携わってきた多くのプロジェクトの中でも、印象的なものがある。
ホテルでも別荘でもない新しい形の宿泊施設を作るという革新的なプロジェクトだった。このプロジェクトでは単なる宿泊施設ではなく、非常にこだわり抜かれたコンセプトを掲げているだけに、当然求められるレベルも想像以上に高かった。
自社だけではない。ただでさえ多くの取引先が関係するだけでも大変なのに、複雑で難しい局面の連続だった。
「ホテル側の担当者との打ち合わせでは、難しいところだらけだった。既製品ではなく特注品だし、設置場所やその周辺にも本当に多くの制約があって大変で」
長年培ってきた技術とノウハウをフル稼働させ、多くの課題や制約を乗り越えるために社員一丸となり、総合力で提案。安全性確保など、高いレベルで実現させることができた。
「薪ストーブの可能性をもっと知ってほしい」理事としての活動
TOKYO HITCHの事業は、単なる製品販売では終わらない。
薪ストーブの普及と発展のため、松田は業界全体を見据えた活動にも力を注いでいる。
その中核を担うのが、日本暖炉ストーブ協会の理事としての取り組みだ。技術水準の底上げ、安全基準の整備、行政との対話といった分野で、業界の信頼性と社会的認知を高めるために尽力している。
さらに、設計事務所やビルダーなど専門家を対象とした年1回の技術勉強会も開催。現場の課題や最新の技術知見を共有し合うことで、業界内のつながりと品質向上を促進している。
「手入れをしながら使い、火と向き合う。そんな丁寧な暮らしの入り口としての価値を、もっと多くの人に知ってほしい。」
松田の活動は、一つの会社の枠を超えた、業界の未来をつくる挑戦だ。信頼される製品と技術、そして人と人とのつながりを大切にしながら、薪ストーブ文化の根をより深く、広く社会に根付かせようとしている。
オフグリッドというロマンと、それを支える社員の誠実で愚直な仕事
松田は、TOKYO HITCHのスタッフたちを「自由な雰囲気の中で各メンバーのキャラクターを活かしながら働いている」と評している。人が好きで、好奇心旺盛な人たちだという。
松田は彼らに「愚直に真っ直ぐ仕事をする」という価値観を伝えている。TOKYO HITCHが提案するオフグリッドというライフスタイルは、現代社会が見失いつつある人と自然とのつながりを取り戻す、ロマン溢れる生き方でもある。しかし、そのロマンを現実にするためには、誠実で愚直なまでの努力が必要だ。
「現場の仕事一つとっても、ちょっとでも曲がってるなと思ったら必ず直す。こだわりが強い方が多い分、期待を裏切ってはいけない。お客さんにしたらそのストーブは一つしかない。1対1の関係を大事にしてほしい。」
オーダーメイドの製品の提案・設置というお客様の夢を叶えるお手伝いと、毎回求められる高い技術力。松田をはじめとする社員たちの愚直な努力によって、ノウハウを積み重ね、オフグリッドというロマン実現へとつなげている。
TOKYO HITCHの未来、
そして松田社長の夢。
松田社長が描くのは、TOKYO HITCHを単なる製品の販売拠点ではなく、暮らしそのものを提案する文化的な場へと育てていくこと。
自然とのつながりを感じ、人と人が集い、知恵や経験を分かち合う——そんなあたたかな場づくりを目指している。
その実現のために、社員とも取引先とも誠実な関係を築きながら、技術や知見を高め合い、よりよいパートナーシップを紡いでいく。
「便利とは違う価値観を、もっと広げていきたい。」
人間として本来大切にしたい、手ざわりのある暮らし。
それを忘れずにいられる社会の一端を、TOKYO HITCHから——。
松田社長の挑戦は、静かに、しかし確かに始まっている。